クタフィンのオールライク

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【アニメ紹介】八月のシンデレラナイン 感想 〜野球の楽しさと辛さ〜

八月のシンデレラナインは女子硬式野球というマイナーなジャンルのスポーツアニメだ。放送からだいぶ経ってはいるが今回はそんな八月のシンデレラナイン 通称「ハチナイ」を見てきたので感想を述べていこう

 

この作品は元々スマートフォンで展開されているゲームだ。どうやらゲーム内では部員が30人いるらしいが今作は11人になっている。また、ゲームではプレイヤーがキャラとして登場するが今回はいない。ゲームについてはこのぐらいにしておいて、アニメについて紹介していくとする

 

【ストーリー】

この作品は主人公の有原翼が女子硬式野球部を立ち上げるところから物語がスタートする。近年のスポーツアニメだったら最初から凄い実力の選手が集まってきそうだがこの作品はそうではなかった。スポーツが苦手な人がどうしたら楽しめるのか?野球の何が魅力なのか?を1話で表現していた。まずは部員をどんどん集めていくのだが最初に部に入るキャラクター2人の設定が面白い。1人はスポーツが苦手な女の子宇喜多。もう1人は団体競技が苦手な女の子野崎。翼は彼女らに三角ベースという簡略版野球を河川敷の子供たちとやることを提案した。試合の中で彼女たちに野球の楽しさを伝える描写は中々グッとくるものがあった。スポーツは真剣勝負な時もあるかもしれない。だが、まずは楽しいと思わないと始まらないものだ。BGMも中々良くて第1話は凄く好印象だった。

近年のスポーツアニメは凄いレベルの高い選手のぶつかり合いを見せる手に汗握る熱いアニメというのが多い中八月のシンデレラナインは1話のようにスポーツに対する苦手意識・人間関係・環境の違いなどにスポットをあてた作品になっている。私は学生時代スポーツは苦手だっただけに、この作品で描かれる状況に過去の自分を照らし合わせてしまい共感してしまう部分も多かった。逆にスポーツが得意な方もどこかで共感できる部分はあるかもしれない。このようなスポーツの技術以外の話を終盤まで見せてくれる。こういうアニメもあっていいのではないか?と思わせてくれた作品だった。

 

【音楽】

アニメを何のきっかけで見るのか?はその作品事に違うが私の場合はその作品のOPEDを聴いて「見たい!」となることが多く、八月のシンデレラナインもそのうちの一つだ。この作品はEDテーマに槙原敬之さんの「どんなときも。」のカバーを採用している。勿論曲自体は知ったいたが改めて聴いてみて凄くいいと思えたのでハチナイを見ることを決意した。歌詞と作品があっていなければ意味ないが勿論リンクしていて良いチョイスだったと思う。カバー曲が最近は少し増えてきたので今後もたまにそういうのがあっても良いのではないのだろうか?BGMも作品の展開を盛り上げに大きく貢献しており音楽面でもこの作品の魅力の1つになっているだろう。

 

【作画】

私は細かい作画の表現などは分からないがそれでも、誰でも分かる「作画が良い・悪い」があるだろう。例えば蒼穹のファフナーは劇場版以降圧倒的な美しい映像を届けており逆に俺が好きなのは妹だけど妹じゃないは携帯がスマホからガラケーに変わってしまうように見えたりなどなどこんな感じで「誰でも何となく分かる作画が良い・悪い」は八月のシンデレラナインにも恐らく言えるだろう。結論から言うと八月のシンデレラナインの作画はかなり悪い仕上がりになっていた。第1話は頑張っていたが回を重ねる事に劣化していった。前の話とキャラクターの目の大きさが全然違ったりボールを投げるフォームがすごく不自然な動きになっていたりなどちょっと擁護しきれない物になっていた。作画が良くなかったらアニメは見れないという方もいるぐらいにアニメにおいて作画というのは重要で評価を落としてしまうポイントだろう。

 

【声優】

八月のシンデレラナインの声優はキャリア的には中堅ともいかない新人声優が多いイメージだが、声による不自然さなどは全く感じなかった。物凄く「上手い!」という程ではないが明るく元気な主人公や冷静で声のトーンが高くないキャッチャーなどキャラと声のイメージがリンクしていたと見終わってから思い返すと感じる事ができるので、声優の分野で違和感はあまり感じないと思われる。ハチナイの声優が他の作品で見れる事を期待しよう。

 

【キャラクターの魅力】

八月のシンデレラナインのストーリーはとても魅力的だ。個人的な感覚になってしまうがストーリーに魅力を感じたらキャラクターも魅力を感じる事が多く、八月のシンデレラナインも例外ではなかった 。どのキャラも魅力的で特に1話かけて1人もしくは2人をフィーチャーした回は印象も強まり、個人的には主人公の有原翼・幼馴染の河北智恵・キャッチャーの鈴木和香などの回は特に印象的でお気に入りのキャラだ。他にも魅力的なキャラがおり、人間ドラマを描いた作品でもあるのでこれを読んでる貴方にも1人は魅力的なキャラを見つけられると私は思っている。

 

【総合評価】

私がアニメを見る際にここが良いと胸に響くと思うポイントが上に書いている5つの項目だ。これを100点満点の点数式で評価するなら100÷5で1つの項目に20点満点で評価をしていけば最終的な評価が出来るのではないか?と思い今回からこの形式で総合評価を入れていこうと思う。あくまでもこれは私の主観も入ってしまうので参考程度に見てもらえればと思う。 

 

【ストーリー】12/20【音楽】15/20【作画】4/20【声優】10/20【キャラクターの魅力】12/20

 

【総合得点】53/100

 

53点…この点数が高いのか低いのかは今後こういう形でアニメの評価を付けていくと分かっていくのだろう重ねて言うがあくまでも個人的な評価なので参考程度に留めてくれると助かります。

 

【最後に】

八月のシンデレラナインは作画が辛いがストーリー・音楽・キャラクターなど魅力的な部分も多くあり、個人的に好きな作品になった。嫌いな作品というものはほぼないが…好きな作品をどんどん増やしていく事もアニメファンにとっては幸せな事ではないかと思っている。八月のシンデレラナインを作ってくれたスタッフには感謝しかない。2期があるなら是非とも見たい!と思える作品だった。

 

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【ネタバレ注意!】蒼穹のファフナー THE BEYOND 第4話〜第6話を見て思った事〜リアルタイムで追いかけるということ〜

タイトル通りネタバレします。蒼穹のファフナー THE BEYOND第4話〜第6話を見てない方やこれからファフナーを見ようとする方はこの記事を読まない事をオススメします

 

久しぶりにブログを書いてみることにする。元々定期的に更新しようとは思っていない。このブログはとあるオタクの備忘録、それ以上でもそれ以下でもない。ただ、この気持ちを書き留めておきたかっただけなのだ。ここからは蒼穹のファフナーのネタバレをする。最新のBEYONDのネタバレになる為見てない方はここで戻る事をオススメする

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私と蒼穹のファフナーとの出会いは3年前になる。元々ニコニコ動画蒼穹のファフナーのOPテーマShangri-laを見て気になっていた。鬱アニメと聴いていて当時はそういうワードを面白いと感じていた。そして軽率にこの作品を見ることによって私のアニメに対する考えやもっと言うなら人としての何かを得たのかもしれない

 

この作品を見る前までの私はアニメやドラマで登場人物が死んでも「死んじゃった。」ぐらいでほぼ何も感じていなかった。死に方が良いとかそんなふうに見ていた。蒼穹のファフナーを見る前までは

 

蒼穹のファフナーは鬱アニメと言われるだけあってシリーズを通して数多くのキャラクターが死んでしまう。だが、ただの鬱アニメではない。この作品の登場人物は生きる事に前向きなのだ。ファフナーというロボットに乗る少年少女達、それを支える大人達が一丸となって精一杯生き残ろうとしている。ありきたりなのかもしれないが私はこれを見て思ったのだ。アニメキャラクターも人間なのだと。必死に生きる物に次元の壁は存在しないのだと思ったのだ。だからこそ、そんな彼らが死んでいくのを見るのは辛かったし苦しかった。

 

だが、2019年11月8日に劇場で先行上映された蒼穹のファフナー THE BEYOND 第4話〜第6話を見て気づいたのだ。「辛くて苦しいだけだったのだ」

 

私が蒼穹のファフナーシリーズを見たのは3年前 私はそれを夢中で一気に見た。もしかしたらそれ故にその時はキャラクターを理解しきれていなかったのかもしれない。BEYONDが先行上映されるまでの3年間勿論、他のアニメやゲームなどのファフナー以外のコンテンツにハマることが当然あった。だが、蒼穹のファフナーを完全に忘れた事はなかった。他の事にハマってる時もファフナーのキャラクターがBEYONDでどうなるのか、あのキャラはどうなるのか?あのキャラは幸せになってくれるのか?などを考えてるうちにファフナーのキャラクターをより一層好きになっていたのだ。3年間そんな事を考えてるうちに2019年11月8日 蒼穹のファフナー THE BEYOND 第4話〜第6話でこれまでシリーズの1話からずっと生きていた遠見千鶴が命を落とした。彼女は第1期の頃から真壁史彦の事が、気になっていたのかそれともただの天然だったのか私には分からないが彼女の周辺では1番仲のいい男女だったと思う。そんな彼らは第4話と第5話で恐らく結ばれていた。3年間の間この2人がくっついて欲しいと思っていたが遂にこの2人が!という気持ちで見ていて嬉しかった。

 

だが、第6話 海神島に襲い掛かってきた新しいフェストゥムに真壁史彦を庇う形で遠見千鶴は無の世界へ行ってしまった…最後の一言は「愛しています」だった。私は泣いた。蒼穹のファフナーで泣いたのはスペシャルアニメ 蒼穹のファフナー Right of Left 以来だった。あんなに泣くとは思わなかった。なんで泣いたのか?おそらく「悲しかった」からだ。3年間の間でキャラクターを強く愛するようになり、幸せになって欲しいとずっとずっと願ってきた彼女の命が奪われてしまった。

 

3年という時間が辛くて苦しいから悲しいに変わったのだ。遠見千鶴の最期を忘れられない。今夜は寝れなそうだ。これが一気に見るのとリアルタイムで見る物の違いの1つなのだろう。時間をかけて人を好きになってその行く末を見守るという事は素敵なことなのだと思ったが、時にはそれは残酷で、だけどもその気持ちが大事なのだと私は思う。 

 

自分が遠見千鶴に出来ることは遠見千鶴がいた事を忘れない事。これだけだ。いくつになっても絶対に忘れない。ありがとう

 

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ヴァイオレット・エヴァー・ガーデン 外伝とプロメアを同じ日に鑑賞して思った事

ヴァイオレット・エヴァー・ガーデン 外伝とプロメアを同じ日に鑑賞して思った事

 


久しぶりの更新になるがいつ更新しようなど全く考えてないので気にしない気にしないこれはとあるオタクが正直に思った事を記録する備忘録なのだ

 


先日同じ日に2つの映画を鑑賞した 1つ目はヴァイオレット・エヴァー・ガーデン外伝 -永遠と自動手記人形- 

 


ヴァイオレット・エヴァー・ガーデンのTVアニメが放送されていたのは2018年の冬クールなので1年半ぶりの再会となる。TVアニメは当時リアルタイムで追いかけていた。自分は1度見た程度では大概のアニメを忘れてしまう鳥頭だがヴァイオレット・エヴァー・ガーデンも1度しか見てないが全体を通して鮮明に覚えてる珍しいタイプだ。その中でも好きな話は公開恋文と10年単位で子供に手紙が届く回の2つだ。本編の話と1話完結の話の2つがあったが個人的には両方好きだった作品。大好きなアニメだ

 


さて、やっと本編の…いや外伝の…このブログにおいて本編だけど外伝の話をしよう

 


結論から言うと、全部が面白いわけではないけどちゃんと盛り上がるポイントがちゃんと面白い 作画キレイ!

 


この映画は二部構成みたいな作りになってるのだと自分は思った。多分合ってる、合ってるはず。エイミー編とテイラー編に分けられると思う。

 


まずはエイミー編から話していくがTVアニメから見てるのでヴァイオレットちゃんを久々に見るともうすっかり感情豊かでTVアニメ1話で感じた人形っぽいから完全に人間になっていた姿に泣きそうになった。エイミーが段々ヴァイオレットに心を開く姿はこの作品のあるあるの展開だ。手紙を書いてそれを渡すシーンに行くまでは正直普通ぐらい、全然見れるけど。でもこれは多分溜めてるんだと思うんですよ。最後にバーーーン!となる溜めなんだと思うんですよ。その溜めてたものを開放する手紙を渡しすシーン…泣いた。自分はやっぱり涙腺激弱芸人なのだろう。泣いちゃうよなぁ、あれだけの妹に対して沢山の想いがあるのに手紙の本文めっちゃ短い。シンプル。何でこの内容にしたのかの動機を知った時にまた泣いた。

 


テイラー編もヴァイオレットちゃんが人になってる感じがまた滲み出てる。テイラー編もやっぱり溜めから一気にっていう感じでしたし、やっぱり泣いちゃうし。何でしょうね、ヴァイオレットエヴァーガーデンって毎回同じ感じなのに毎回泣いちゃうんですよね。やっぱり大好きなアニメですね

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1時間休憩して 次はプロメアこれはガロとリオの前日譚付きでした。前日譚から見るとこのプロメアの大まかな流れみたいなものを知れて自分はコレ見てから本編見れて良かったなと思えましたね。

 


さて、本編の話。プロメアはもっと早く見とくべきだったと思いました。というのも至る所からプロメアはヤバすぎる!プロメアめっちゃ面白い!というのを聞いてたので期待値がどうしても上がったんでしょうね。自分でもそれは気づいていて期待しないでみようと決めてみようとしてもやっぱり心のどこかで期待してたんでしょうね。正直世間の熱量ぐらい面白い!みたいな感じにはなれなかったんすよね。でも全然ダメな作品じゃないし寧ろめちゃくちゃ良かったし何ですけど…何かが違ったのかもしれないです。正直分からないんですけど。後はヴァイオレットエヴァーガーデンを先に見たからなのかとか原因が分からないんですけど。

 


内容ですけど、これが正直良いんですよ 悪い所が分からないんですよ。良いとこ尽くしなのは間違いないです。この作品はとにかくカッコイイを極めた作品です。ロボット物とヒーロー物を合体させたみたいな作品でしたし終盤の怒涛の展開はニヤッとしちゃいましたし、映像の迫力は多分今年見た中だと1番強い作品でこれだけでも見る価値ありありのありという感じです。声優も凄くて松山ケンイチさん・早乙女太一さん・堺雅人さん の役者陣の芝居が圧倒的でしたね。普段ドラマとか映画でやってる人が声優やると深夜アニメ沢山見てきた自分の感じ方は普通の声優とは違うけどこれはこれで味が出てて良いよね。っていう感じだったんですけどプロメアの3人は真っ当に声優として素晴らしいと思いましたね。このタイプの作品に役者を使うのが珍しいのでそれもあったのかもしれませんがでもやっぱり凄かったですね。これだけ良い所が出てくるのに何故かめちゃくちゃ面白れぇ!とはならなかったのがほんとに分からないんですが…やっぱり凄い映画でした

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最後に、ヴァイオレット・エヴァー・ガーデンとプロメアどちらも映像が凄くて、細かい動きの繊細さを感じたヴァイオレットと圧倒的な迫力 これぞアニメだ!っていうプロメアどっちも素敵な作品だった事は間違いないです。作ってくれた京都アニメーションさんとTRIGGERさんには心の底から尊敬してます。ありがとうございました。

新世紀エヴァンゲリオン・Air/まごころを君に・ヱヴァンゲリヲン新劇場版を見て感じた事やエヴァに対する気持ちの変化

2019年6月21日に新世紀エヴァンゲリオンAir/まごころを君にNetflixで配信された。これは世界中で再びエヴァンゲリオンが盛り上がった出来事だった。更に7月13日にはアプリ EVA-EXTRAの中でヱヴァンゲリヲン新劇場版 序・破・Qも配信された。自分はこれをきっかけにエヴァンゲリオンを見たので今日はエヴァンゲリオンを見て感じた事や今どういう気持ちかを書き残すとしよう

 


TVアニメ新世紀エヴァンゲリオンは1995年10月4日に第1話が始まった。この当時自分はまだ生まれていなかったのでこの作品の影響がどういったものかを実際に感じた訳では無いが深夜アニメというジャンルを作り出したきっかけは間違いなくエヴァンゲリオンだろう。そんなエヴァンゲリオンを令和の時代に見た感想を今から書き残す。自分はNetflixで見たが恐らくリマスター版だろう。

 


自分は人よりはアニメを見るが過去の名作といったものはそんなに多く見ていない。だからなのかもしれないが約20年前のこの作品を見た第1話の感想は新鮮だった。今のアニメは主人公に優しいor皆が一致団結していく作品が多いのに対しエヴァンゲリオンは主人公碇シンジ君がとにかく可哀想だ。突然連れてこられたと思ったら未知の生命体と戦えと言われるのだ、理不尽以外の何物でもない。ストーリーに関しては謎が多い中比較的雰囲気はシリアスは少ないように思えた。惣流・アスカ・ラングレーが入ってからはよりいい雰囲気で楽しめただろう。だが、エヴァンゲリオンは優しくなかった。主人公は大人にいいように使われクラスメートを殺しかけたシーンは目に余る光景という言葉が最適だろう。そこからはとにかくとにかく見るのが苦しかった。シンジ君が幸せになる未来を祈りながら見ていたがそれ以前に物語としても何一つ理解できなかった。シンジ君が無理やり納得してるようにしか見えなかった。アニメ版を見終わった時の感情は喪失したようなそんな気持ちだった

 

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続いてTVアニメのラスト2話を改変したAir/まごころを君に について書き残す

 


ラスト2話に全く納得してない自分にとってこのAir/まごころを君に はとにかく祈っていた。どうかいい未来をと願っていた。だがAirで自分は更に心をズタボロにされるのであった。多くの人が自分の目的の為に行動した挙句 命を散らしてちく様はTVアニメの地獄のような展開を更にぶつけてくるようであった。そしてシンジはまた戦いに駆り出されていた。本当に絶望した。エヴァンゲリオンは自分にとって何も分からず地獄を見せたアニメだと結論が出そうになった。だが、最終話まごころを君に を見てその気持ちは逆転する事になる。人類補完計画によって人々はひとつになり消えていく。これはシンジがもしかしたら救われることなのかもしれない。争いも起きない誰も傷つかない平和な世界かもしれない。だが碇シンジは自分で答えをだした。人と争うことになってもそれは違うと答えを出した。TVアニメからの理解不能な展開と地獄のような光景を見てきたこのアニメは碇シンジの1つの行動によって地獄ではない何かに変わったのだ。ストーリーがどうとかは正直今でも分からない。だが、シンジ自身が何かをして世界を変えたという待ち望んでいた姿はそれまでになかった達成感をひしひしと感じることが出来たのであった。自分にとってエヴァンゲリオンが分からないが、だからこそ知りたいに変わった瞬間でもあった。

 

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続いて ヱヴァンゲリヲン新劇場版 序 について書き残す

 


時は経ち2007年 エヴァンゲリオンは劇場版でリメイクされる事になった。序は所々展開は違うものの概ねアニメ版と一緒だっただろう。なのでそこまで語ることもないかもしれないが戦闘シーンの進化は凄まじかった。特にヤシマ作戦の迫力はリメイクならではの正統なパワーアップを感じエヴァのファンはこれだけでテンションがあがるだろう。正直に言うとこれぐらいしか言うことは無い。何故なら新しいエヴァが大きく変わるのは破からだからだ

 

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続いて ヱヴァンゲリヲン新劇場版 破 について書き残す

 


惣流・アスカ・ラングレー式波・アスカ・ラングレーに変わり新たなパイロットにマリが加わった。だが、1番の変化は綾波レイだ。彼女の設定を知ってるだけにこれまでにないレベルで人間味や魅力が増していた。彼女が人の為に料理を作っているのだ、これはエヴァファン歓喜だろう。話の展開も変わりTVアニメの地獄の入口 シンジが殺しかける相手はトウジからアスカに変わった。このシーンは誰になっても辛かった。しかし、エヴァンゲリオン史上最大の熱い展開がこの後待っていた。TVアニメでサードインパクトが起こるきっかけとなる戦闘において変化があった。それはTVアニメでは救えなかった綾波レイをシンジは助けることに成功したのだ。TVアニメでは大人にいいように使われた挙句何も救えなかったシンジが初めてしかもこれまでにない意志を発揮しながら綾波レイを救ったのだ。エヴァンゲリオンを見てきて良かったと心から思えた瞬間だった。エヴァンゲリオンという作品で初めて希望が見えてきたのだ。………この時、自分は気づいてなかった。この先に待ち受ける物を

 

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最後に ヱヴァンゲリヲン新劇場版 Q について書き残す

 


破で見せられたものは一体なんだったのだろうか、確かに犠牲がなかったわけではない。アスカが死にかけた。だがそれ以上にシンジが助けたという点は紛れもなくこれまでのエヴァにない希望を見せてくれた…なのにその希望は予想もしない展開から引き裂かれることになった。シンジが助けた後から14年の月日が流れてしまった。サードインパクトは起こってしまった。その責任を目覚めたばかりのシンジに押し付けるような展開には結局こうなってしまうのか、エヴァは結局こうなってしまうのかと絶望の道がまた広がってしまった。綾波レイも救われてなかった。そして、TVアニメから何でも知ってるような不思議な存在カヲル君までも利用されてしまった。またしても救われなかった。またシンジ君は利用されてしまった。Qは絶望しかなかった。だが、カヲル君が残した微かな希望がまだあると信じている。そして、自分は綾波レイはあの時シンジによって助けられたと今でも信じる。自分がエヴァンゲリオンに求めている事は碇シンジが納得した幸せな世界をこの目に焼き付けることなのだろう。


シン・エヴァンゲリオンの行く末を2020年6月に見れることを楽しみにしている

 

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あまりにお粗末な文なのとエヴァンゲリオンでの解釈がおかしいと思う所もあるかもしれない。気分を害したのであればお詫びをします。申し訳ございませんでした。

 

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かつて神だった獣達への1話を見て感じた自分自身の変化

かつて神だった獣達への1話は結論から言うと個人的にあまり刺さらない物であった。だけどSNSなどの評判を見ると分かりやすい1話で完璧という評価もあり、自分自信の好みの変化を少し感じたものがあった。

 

かつて神だった獣達へ は戦争中に人間が獣になって敵をどんどん倒していくというシーンから始まる、正直見た時に既視感のようなものは感じた。獣になった後も人間に戻れるはずだったが副作用で徐々に人間から本当に獣になってしまうという設定もありがちなものだと感じた。物語の最後にはこのアニメが何をしていくアニメなのかも分かりその展開も含め全てが何となく見たことあるアニメだと感じてしまった。これは個人的にはマイナス評価として捉えていたが逆を言えば見た事あるという事はどんなアニメか想像しやすく分かりやすいという事でもある。これはSNSの評判をみて気づいたことだ。


自分は元々難しい設定のアニメより分かりやすい王道のアニメを求めていたはずだったが深夜アニメを見始めてもう7年が経つ。時が流れるうちに分かりにくいがこの後どうなっていくか想像がつかないアニメを求めるようになっていたという自分自身についてこのかつて神だった獣達への1話は気づかせてくれた作品だった。


だが、もしかしたらここから革新的な何かが起こる可能性も0ではない。この分かりやすいアニメを最後まで見たら何を感じるのか、最後まで見てみようと決断したアニメである

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